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体験文-1

癲癇

「癲癇」体験記 
 
                                                                          神奈川県在住 H・Y

 私が初めて癲癇の発作を起こしたのは10歳の時でした。
母の横で寝ている時にひきつけを起こし、救急車で病院へ運ばれ様々な検査を受けました。その時、病名は付かず一週間入院し、退院した後は普通の生活に戻りました。安心している中、翌年の5月に2回目の発作が起こりました。そこで初めて母は病名を告げられました。『癲癇』でした。その日から朝・晩薬を飲むことになりました。

 医者からは「この薬は発作を抑えるだけで、病気を治す薬ではないです。薬を服用し、発作が無くなったとしても完治に最低5年、最悪一生治りません」と言われたと母は言っていました。
その年の9月に母はHR創始者でいらっしゃる小田信彦先生にお会いして「大丈夫、良くなりますよ」とおっしゃって下さったそのお言葉にすがる思いで、会員になることを決心したそうです。

 その日から薬を飲むことを止めました。HRでは病気も浄化と教えて頂き、その浄化作用はとても大切なことで、HRを学ぶ為に毎月のセミナーは欠かさず出席させて頂いていました。
 
 HRに入って2年間発作は起こりませんでした。そして私は両親の仕事場から近い中学へ電車通学、安心した学生生活を送っていました。しかし13歳の時に学校で倒れました。学校から連絡を受けた母はすぐに小田先生に電話をし「これはご浄化でしょうか…?」とお聞きしましたら、小田先生は「そんな簡単なものではない」と厳しい口調でおっしゃって、「大丈夫だから」と言って下さった後「早く娘さんを迎えに行って上げなさい」と言われたそうです。

その後、母は小田先生と面談をさせて頂き家系図を見てもらいました。その時、私の病気は母方の御先祖様からの影響だと御指摘を受け、霊壇(仏壇)を整えてご供養をさせて頂くことになりました。
 
 発作は月に1~2回が3年続きました。始めの頃は意識無く倒れて、目を覚ますと頭が異常に重くて体も思うように動けず、一回の発作で体全身に大きなダメージを受けました。
次の日も酷い筋肉痛と頭・体がうまく動かせない状態でその度に学校を休んでいました。しかし徐々に発作の回数も減ってきました。月1回になり、2ヶ月に1回になり、3ヶ月に2回になりました。
 
 そんな中、私の中でも変化が起こりました。今まではいつの間にか倒れていたのが、いつ頃かは分からないのですが、倒れる前兆が分かるようになりました。丁度HRの勉強会に向う車の中で前兆が始まり、隣に座っていた姉に「あなたの名前は?」と何回も言われだんだん意識がハッキリしてきて発作を止める事が出来ました。
 そして倒れる場所もほぼ家の中・家族の近く。通学中でも周りに看護師の方が二人もいて適切な対応をして下さったこともありました。
 
  この件について以前小田先生より「外出時に発作が起きても近くに助けてくれる人がちゃんといてくれるから安心しなさい。」とおっしゃって下さっていたそうです。
 大学も無事卒業し、その後就職も致しました。現在28歳になります。
最後の発作から4年半が経ち、今では発作も起こらなくなりました。両親もとても喜んでおります。小田先生よりHRとの御縁を頂き大変感謝を致しております。
 
 
 
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